第6期叡王戦五番勝負第2局。豊島将之vs藤井聡太

開始日時:2021/08/03 9:00:00
終了日時:2021/08/03 19:05:00
表題:第6期叡王戦五番勝負第2局
棋戦:叡王戦
戦型:角換わりその他
持ち時間:4時間
消費時間:161▲240△240
場所:山梨県甲府市「常磐ホテル」
先手:豊島将之 叡王
後手:藤井聡太 王位・棋聖

*豊島将之叡王に藤井聡太王位・棋聖が挑戦する第6期叡王戦五番勝負は、開幕局を挑戦者が制した。豊島が勝ってタイにするか、藤井が連勝で奪取に向け前進するか。第2局は8月3日(火)、山梨県甲府市「常磐ホテル」で行われる。
*立会人は青野照市九段、記録係は福田晴紀三段(中川大輔八段門下)。現地大盤解説会は三浦弘行九段と山田久美女流四段の同門2人が担当する。
*対局開始は9時、昼食休憩は12時から13時。持ち時間は各4時間(チェスクロック使用)、使いきると1手60秒の秒読み。第1局と先後を入れ替え、第2局は豊島の先手となる。
*現地の朝はよく晴れてまぶしい青空が広がっている。8時48分、藤井入室。続いて豊島が姿を見せた。一礼して豊島が駒箱を開け、2人が駒を並べていく。
▲7六歩
*9時、立会人の青野九段が「定刻になりましたので、豊島叡王の先手番で始めてください」と開始を告げた。豊島が盤上に手を伸ばす。
△8四歩
*豊島の着手からひと呼吸置いて藤井の手が動く。対局室から関係者が退室した。
▲2六歩
*角換わり志向の立ち上がり。第1局は角換わりに進み、序盤から乱戦になった。
△3二金
*対局者の手元には不二家のお菓子が用意されている。「ペコちゃん」が描かれた叡王戦専用のボックスが目印だ。本局では「カントリーマアム」2種、「ルック」、「ふんわりマドレーヌ(ミルク)」が置かれている。不二家ウェブサイトではお菓子を使ったアレンジレシピも紹介している。
▲2五歩 △8五歩 ▲7七角
*叡王戦は不二家が主催する棋戦。特別協賛はひふみ(レオス・キャピタルワークス)、SBI証券。段位別で行われる予選が特徴で、第3期からタイトル戦に昇格した。予選を勝ち抜いた棋士とシード棋士が本戦に出場して挑戦権を争い、叡王と挑戦者が五番勝負を戦う。
△3四歩 ▲6八銀
*対局場の「常磐ホテル」は1929年開業、広大な日本庭園と歴史のある湯村温泉でもてなし、皇室も利用する「甲府の迎賓館」。山口瞳、松本清張、井伏鱒二などの文豪が好んで利用した。これまでに囲碁や将棋のタイトル戦が数多く行われ、西館2階の「名人の小径」には写真などの資料が展示されている。叡王戦では第3期、第4期の番勝負で対局が予定されていたが、その前に決着がついていた。今期は初の叡王戦開催である。
△7七角成
*戦型は角換わりで確定。並行して戦っている、お~いお茶杯第62期王位戦七番勝負の第2局と第3局も角換わりだった。叡王戦五番勝負第1局と合わせて角換わりは3局連続である。
▲同 銀
*対局前日の8月2日、両対局者は常磐ホテルに到着すると庭園で記念撮影を行い、検分と前日のインタビューに臨んだ。本局に使われる駒は「見届け人」の方が選んだ、大竹竹風師作、菱湖書の盛上駒。記念として平箱に立会人と両対局者の揮毫を入れ、対局後に勝者から渡される。対局室は離れにある和室「九重」。豊島と違って初めて中に入った藤井は、インタビューで庭園の景色の素晴らしさに触れている。記念撮影では空が曇っていたが、吹き抜ける風が心地よく、ざわざわと葉擦れの音が涼しげに響いていた。
△2二銀
*湯村温泉は約1200年前に弘法大師が開湯したと伝わる。武田信玄が戦いで疲れた体を癒したことから「信玄の隠し湯」のひとつに数えられる。豊島は昨日の夕食会で「温泉と料理を楽しんで、明日は力いっぱい戦いたい」と話していた。英気を養って「えいえいおう」と勝ち鬨を上げたい。
▲4八銀
*本局の模様はABEMAで中継される。スタジオ解説は深浦康市九段と片上大輔七段、聞き手は安食総子女流初段と野田澤彩乃女流初段が担当。有料のマルチアングル放送では両対局者を個別に映した画面を視聴できるほか、スタジオ解説とは別に、現地にいる棋士と女流棋士によるスペシャル企画を実施する予定だ。本局では北浜健介八段、田村康介七段、小林裕士七段、室谷由紀女流三段、中村桃子女流二段、里見咲紀女流初段が出演する。
△3三銀
*両者の対戦成績は豊島7勝、藤井4勝。初手合いから豊島が6連勝したが、そこから藤井が4勝1敗と猛烈に追い上げている。2017年に行われた初手合いでは豊島が八段、藤井が四段だった。現在は2人とも九段。叡王戦は予選が段位別で行われる点が現行の他棋戦にない特徴である。過去には天王戦(現在は棋王戦に統合)で同じ方式が用いられていた。
▲3六歩
*豊島の今年度成績は6勝6敗(0.500)。
*通算成績は519勝239敗(0.685)。
△6二銀
*藤井の今年度成績は17勝3敗(0.850)。
*対局数、勝数はランキング1位、勝率は5位。現在7連勝中。
*通算成績は230勝43敗(0.842)。
▲3七銀
*チェスクロック使用ということもあって指し手が早い。まだ開始から10分とたっていない。豊島の作戦は早繰り銀。日本将棋連盟常務理事として現地を訪れている鈴木大介九段は、「銀を出たから早繰り銀という流れですか」と話している。第1局は後手の豊島が△3三銀を保留したことで、先手が飛車先交換に出て激しい流れになった。
△7四歩
*現地の常磐ホテルでは14時から現地大盤解説会(事前申込制)が行われる。解説は三浦弘行九段、聞き手は山田久美女流四段。2人は西村一義九段門下の同門だ。
▲7八金
*豊島は過去に常磐ホテルでタイトル戦を経験している。2014年の第62期王座戦五番勝負第4局では羽生善治王座に勝ち、2019年の第32期竜王戦七番勝負第4局では広瀬章人竜王に敗れた。藤井は常磐ホテルに対局者として訪れるのは始めてだが、2019年に甲府市で行われた第45回「将棋の日」のイベント出演に合わせて、先述の竜王戦で控室を見学している。同じくイベント出演者である渡辺明三冠、永瀬拓矢二冠も顔を見せ、豪華な検討陣になっていた(文中の肩書は当時)。
△7三銀
*藤井も早繰り銀で対抗する。互いに腰掛け銀が角換わりの主流だが、最近は早繰り銀が復権して数を増やしている。7月13・14日に北海道で行われたお~いお茶杯第62期王位戦七番勝負第2局も相早繰り銀だった。本局と先後も同じだけに、両者がどのような修正案を用意しているのか興味深い。
▲4六銀
*豊島の叡王戦成績は22勝9敗(0.710)。初参加は第1期、段位別予選は七段戦に出場した。第5期に挑戦権を獲得、永瀬拓矢叡王(当時)と七番勝負で叡王の座を争う。この七番勝負は持将棋2局を含むフルセットとなって第9局までもつれ込み、豊島がシリーズを制して叡王を奪取。千日手1局を含めると「十番勝負」の死闘として語りぐさになっている。
△9四歩
*藤井の叡王戦成績は15勝3敗(0.833)。初参加は第3期、段位別予選は四段戦に出場した。今期は八段戦で長沼洋八段、杉本昌隆八段、広瀬章人八段に勝って本戦進出。本戦では行方尚史九段、永瀬拓矢王座、丸山忠久九段、斎藤慎太郎八段を破って初挑戦を決めている。現在の段位は九段。7月3日に行われた第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第3局に勝って棋聖防衛を決め、史上最年少での九段昇段を果たしている。
▲1六歩
*豊島と藤井は2つのタイトル戦を並行して戦っている。叡王戦とはタイトル保持者と挑戦者の立場が逆の、お~いお茶杯第62期王位戦七番勝負と合わせて「十二番勝負」の夏である。豊島はその幕開けとなった王位戦の第1局を制したものの、第2局と第3局を落とし、そして始まった叡王戦の第1局でも敗れて3連敗中。昨日のインタビューでは「チャンスは作れていてこちらがうまく指せていない形」と振り返っている。
△6四銀 ▲1五歩
*豊島は指して庭園のほうに目をやり、羽織を脱いで丁寧にたたむ。
△4四歩
*王位戦第2局は△9五歩▲6六歩△7五歩という展開だった。ここで▲3五歩と動けば立場が逆になる。豊島が天を仰ぐ。藤井はマスクを外し、フェイシャルペーパーで顔を拭く。
*
*※局後の感想※
*「王位戦のほうは途中かなり苦しい展開になってしまっていたので、手を変えて、とは思っていたんですけど」(藤井)
▲5八金
*9時22分の着手。すぐには動かず、上部に備える。布陣としては▲6六歩を突いていない違いはあるが、王位戦第2局でも用いた金上がりだ。藤井が羽織を脱いで前傾姿勢になる。
△7五歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲7六歩
*早繰り銀をさばく手筋は△8六歩だが、王位戦第2局では△6四銀と引いている。鈴木九段がモニターを見て「なんで△8六歩と突けないんでしたっけ」。続けて「▲同歩△同銀▲8三歩△同飛▲6五角△7七銀成▲8三角成△7八成銀▲8二飛で、2枚換えでも最後の飛車打ちが鬼ということですか。だから銀は引くんですね。難しすぎますね」と話した。
△4五歩
*銀を引かずに歩を突き出して応戦。当たりになっていた銀の周辺、7筋や8筋に視線が集まっているだけにハッとする。「そんな手があるんですか」と鈴木九段が驚く。あまり見ない筋だ。「歩を取るなら後手が得になるというのはわかりますけど、銀を取り合ったときに歩損になるのでどういうことなんでしょう。さらに取った(7筋の)歩を伸ばされたら嫌ですよね。鈴木対鈴木なら後手が投了しそうです」。藤井が席を立つ。豊島が盤面に顔を近づける。「長考になりそうですね」と鈴木九段の声。
*9時55分、豊島が20分ほど使っている。研究範囲なのか、想定を外れているのか。体を起こして上を向き、首をかしげる。10時、午前のおやつの時間になり、飲み物が対局室に運ばれた。おやつは不二家からの提供で、豊島は「アーモンドショコラ」、藤井は「プレミアムショートケーキ(国産苺)」。飲み物は豊島が抹茶、藤井がアイスカフェオレを注文している。「アーモンドショコラ」はアーモンドダイスをナッツペーストとショコラ生地で包み3層の食感が楽しめる、「西洋菓子舗 不二家」の限定商品。「プレミアムショートケーキ(国産苺)」は口どけのいいシャンテリークリームと苺を2段でサンドした贅沢な一品。
*
*※局後の感想※
*豊島は「△4五歩と突かれた手に対して準備がなかったので。ちょっと自信のない展開になってしまった」と明かした。銀を取り合う▲7五歩△4六歩▲同歩は△6四角で「このあとが……」と豊島。急所のラインに角を打たれて対応が難しい。
▲3七銀
*約30分の熟考で銀を引いた。引かされて不満という面もあるが、4筋の歩が伸びすぎで隙ありという見方もできる。
△6四銀
*相手の銀を引かせてから一時撤退。7筋の歩を手持ちにしたことでポイントを稼いだ。
▲6六歩
*「歩越し銀には歩で対抗」の形で迎え撃つ。双方の布陣を比較すると先手は守備的、後手は攻撃的といえる。
△9五歩
*保留していた端歩を伸ばし、9筋の位を取る。手の流れとしては、すぐに位を取らずに△4四歩~△4五歩を優先したことで、攻めの銀の働きに差をつけることができた。後手番ながら積極的に構えて不満がないように見えるが、4筋の歩が伸びている功罪がどう出るか。控室の三浦九段は「まだあまり詳しく調べられていないんですが」と前置きして、やはり後手が銀を引かせた点に注目している。「まだまだこれからだと思いますが、後手としてやった甲斐はあるんじゃないでしょうか」と話した。
▲4六歩
*10時46分、豊島が着手。位に反発して動いた。銀の働きの差を意識していることがうかがえる。自然に進めると△4六同歩▲同銀で銀が戦線に復帰する。鈴木九段は「そこでどう指すか。攻めがない状態で手が詰まったら負けなんですよね」と話す。「第一感は△7五歩▲同歩△同銀で、▲7六歩に△8六歩といけるかどうか。以下▲7五歩△8七歩成▲8三歩△4二飛は、形はともかく金銀両取りがかかります。あとは▲7六歩に△6四銀もあるんですかね。自陣の手入れは難しいですよね。例えば△5二金や△4一玉はマイナスですから」。銀を引く変化は形を崩さずに手待ちをする発想。後手番ならではの姿勢で面白い。
*藤井はハンカチで顔を押さえてうつむく。対局室の外からセミの鳴き声が聞こえてくる。
*
*※局後の感想※
*「突かないとしょうがない」(豊島)
△同 歩 ▲同 銀 △4二飛
*出てきた銀を目標に飛車を回る。鈴木九段は「素晴らしい手ですね」と感嘆する。狙い筋のひとつとして▲4七歩△4五歩▲3七銀△8二飛の千日手模様がある。上から打つ▲4五歩にも△8二飛と戻り、「歩を打たせた形が重いということでしょう」と鈴木九段。例えば、以下▲3五歩△同歩▲同銀△3四歩▲4四銀△4六歩▲3三銀成△同桂という展開は、4筋の歩の力関係で後手が巧みに優位に立っている。
▲4五歩
*11時36分の着手。上から打って4筋の位を奪い返した。安定しているのは下から受ける▲4七歩だが、消極的で△4五歩▲3七銀△8二飛と局面が戻ってしまうし、単に△8二飛と戻られても面白くない。ただ、4筋に歩を打ってしまうと将来の△4七歩に▲4九歩と受ける手や、▲4三歩など攻めに使う余地が消える。後手としても主張はあるわけだ。
*11時55分、2人が脱いでいた羽織を着る。豊島が席を立ち、藤井が続いた。少し早いが休憩に入れたようだ。定刻までの時間は藤井の考慮時間に加算される。12時、藤井の手番で昼食休憩に入った。消費時間は▲豊島1時間27分、△藤井1時間32分。昼食は豊島が「甲州牛の特製カレーライス」、藤井が「常磐名物 カレーうどん御膳」。特製カレーライスは甲州牛をじっくりと一昼夜煮込んだ欧州風カレーで、甲州産の赤ワインが隠し味。カレーうどんには鰹出汁の和風ポークカレーを使用。ひとくち稲荷2個と小鉢、水菓子がついている。共通するデザートの巨峰とシャインマスカットは山梨県産。飲み物は2人ともウーロン茶を注文した。対局は13時に再開される。
*
*※局後の感想※
*豊島はここで△8二飛を気にしていたという。以下▲6八玉△7五歩▲3五歩△同歩▲同銀△7六歩▲同銀△8六歩▲同歩△同飛▲8七金△8二飛で「飛車を戻されたらこんな感じ。あまり自信がない」。藤井は「そうか、戻すのが普通なんですか」とうなずいていた。
*
△4四歩
*13時、対局再開。藤井は前傾姿勢で盤面に集中している。ポットからグラスに水を注ぐ。13時5分、藤井の手が駒台に伸びた。歩を合わせて4筋をこじ開けにかかる。相手の動きを逆用した攻めだが、▲8三角が残っているだけに強気な姿勢で。
▲同 歩 △同 銀
*左右の銀を攻めに使って積極的だ。ただ、陣形が安定しているとはいえないため反動が怖い。現状は▲2四歩や▲8三角が気になるし、次に手番を得て△5五銀左▲同銀△同銀と攻めた際には▲6五角も生じる。両サイドから動いた弊害で、後手玉は手入れの方法が難しい。先手玉は飛車の利きが8筋からそれたこともあり、▲6八玉~▲7九玉で安定感のある形になる。
▲8三角
*飛車を4筋に転回して生じた隙に角を打ち込む。「馬は自陣に引け」で、強力な馬を作れば主張ができる。また△5五銀左▲同銀△同銀には▲6五角成で相手の動きを牽制する含みもある。控室では△5五銀左に▲3七銀を調べている。以下△4六歩は▲4八歩と受けてもうひと押しが難しい。膠着状態になると、飛車先を切る▲2四歩△同歩▲同飛や守りを固める▲6八玉~▲7九玉など、指したい手は先手のほうが多い。
*
*※局後の感想※
*「△4二飛(40手目)から動いていったが、あまり成算はなかった。▲8三角がかなり急所の手なので、ちょっと無理気味と思っていた」(藤井)
△5四角
*13時50分、藤井の手が動いた。早繰り銀と相性のいい角打ちで左右両翼をにらみつつ、相手の角にも対抗している。控室では▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2六飛を検討中。飛車先を切り、手順に3筋の歩を守る位置に引く。以下△5五銀左には▲6五歩△4六銀▲6四歩△同歩▲4四歩が一例で「先手がいいね」と鈴木九段。最後の▲4四歩はABEMAの出演者として現地を訪れている田村七段の発案で、△同飛には▲4七歩△5五銀▲5六歩で銀が捕まる仕組みだ。鈴木九段と田村七段は大内延介九段門下の同門で、2人とも早見えのため継ぎ盤の駒がよく動く。単純に△5五銀左ではうまくいかないので、代えて△7五歩と逆サイドから手をつけるのはどうか。以下▲同歩なら△8六歩▲同歩△9六歩▲同歩△9八歩の端攻めが狙い筋になる。手順中△8六歩に▲同銀なら△5五銀左とぶつけやすくなる。鈴木九段は「角は思いつかない。▲8三角に△5四角と打ち返すのは昭和の感覚にはないですね」と話している。
*14時、常磐ホテルでの現地大盤解説会が始まった。14時20分、対局室では豊島が時間を使っている。頬に手を当ててじっと盤面を見つめる。集中するときに出るしぐさ。
▲6八玉
*玉を上がって飛車ににらまれている4筋から遠ざかり、戦いに備える。一方で角が狙っている7筋方面には近づいている面もあって評価が難しい。
*
*※局後の感想※
*玉上がりはいまひとつだった可能性がある。代えて▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2六飛と飛車先を切っておき、手を渡すのは有力だった。後手の指し手が難しい。「ちょっと自信がない気がしていました」と藤井。豊島は「ちょっと飛車の働きが……。でも本譜でまずかったならこれでしたかね」と話した。
△7五歩
*打った角を生かして7筋に手をつける。鈴木九段は▲7五同歩△7六歩▲8八銀△3六角を予想している。8筋を壁形にして逆から攻める流れがいい。銀を追いやったことで6筋の歩が浮くため、△5五銀左とぶつけやすくなる効果もある。「嫌ですが、これは取るしかないでしょう」と鈴木九段。頑張るなら▲6七金左だが、形が歪んで8筋も手薄になるので非常に怖い。
▲同 歩 △7六歩 ▲8八銀 △5五銀左
*7筋にくさびを打ち、壁銀の悪形にしておいて攻め駒をさばいた。駒に勢いを感じさせる。
*15時、午後のおやつの時間になり、飲み物が対局室に運ばれた。不二家が提供するおやつは豊島が「プレミアム濃厚ベイクドチーズケーキ」、藤井が「ミルキーバウムクーヘン(小物)」と「バウムクーヘン(小物)」。チーズケーキはクリームチーズをメインにマスカルポーネ、グラナ・パダーノ、カマンベールチーズをアクセントに加えたこだわりの一品。バウムクーヘンには北海道産生クリームと「ミルキー」に使用している練乳が練り込まれている。飲み物は豊島がアイスレモンティー、藤井がジンジャーエールを注文した。
▲同 銀 △同 銀
*銀をさばいて飛車の視界が開けた。先ほど先手陣を壁銀にしたが、後手も居玉かつ玉飛接近と悪形のオンパレードだ。リスクもある中で一貫して積極的に立ち回っている。
▲4七歩
*じっと受けて飛車成りを防いでおく。「手将棋なので長そうですね」と鈴木九段。後手は歩切れを解消したい。ただ、△3六角は▲6五角成、△6六銀は▲5六角成が銀に当たってくるので身動きが難しい。
△7二金
*15時28分、藤井が着手。金で角を攻めた。4筋に歩を打って受けたことで角が狭くなっている。ただ、▲7四角成と逃げて簡単に捕まる形ではない。鈴木九段は「金が角ににらまれているよりも追ったほうが得になると見たんですかね。でも▲7四角成に△6六銀は▲5六馬で、それは金が下のほうがいいですよね。どうするのかわからない。わからないことしかわからない」と話す。
▲7四角成 △7三金
*力強く金を上がって馬にアタック。どんどん後手玉から金銀が離れていく。金銀に守られている先手玉とは対照的だ。逃げ場所は▲8五馬しかないが、△8二飛の追撃が利く。ただ、以下▲8六馬に△8五銀と強引に捕獲するのは▲7四歩の突き出しがあって成立しているかはわからない。
▲6五馬
*馬を逃げず角にぶつけた。せっかくの馬が消えてしまうので意表を突かれる。
△同 角 ▲同 歩
*馬が消えただけでなく、相手に手番を渡している。「どういうことなんですか。馬より角のほうが高いんですか」。鈴木九段が驚いている。
△4九角
*駒台に戻ってきた角をさっそく敵陣に打ち込む。馬との交換になった角が攻めに活躍しているのだから効率がいい。次は△2七銀で飛車を目標にしながら攻めが続く。控室の見解は藤井ペース。青野九段は「先手がまずいでしょう」と話している。確実な攻めを間に合わせないような手段がほしいところだが、▲3七角△6六銀▲7四歩△同金▲9一角成△7三桂は相手の攻めを呼び込んでしまう。しばらく検討を進めて、鈴木九段は「次は△2七銀▲4八飛に△3八角成ではなく、いきなり△5八角成があるかもしれないですね。甘い手は指せないかもしれません」。以下▲5八同飛は△4七飛成、▲5八同玉は△3八金が厳しい。この筋に対抗できる手段が必要になってくる。
▲2六角
*飛車の利きを止める意表の角打ちだが、攻防の位置取りで敵の玉頭を狙う。懸案の△2七銀▲4八飛△5八角成には▲同飛△4七飛成のときに▲5三角成が強烈だ。手順中△4七飛成は相当な攻めなのだが、飛車を成り込んで横利きが消えることで▲5三角成がそれ以上に厳しくなる。いったん△5二玉と受けるのは自然だが、攻防手の▲2六角との交換をどう見るか。
*16時20分、藤井は脇息にもたれ、左手で扇子を小さく開閉しながら盤面を見つめている。ちらりとチェスクロック用のタブレットに目をやる。残り時間は40分を切った。
*
*※局後の感想※
*感想戦で藤井が▲1七角を示した。本譜と同様に△3九銀▲1八飛△5八角成▲同玉△2七金は角が浮いていないので効果が薄く、△3九銀ではなく△2七銀も▲4八飛△5八角成▲同飛△4七飛成▲5三角成△5二歩▲6二角△4一玉▲4八歩で「うまくいってないですよね」と藤井。よって▲1七角に△4三飛と受けてどうか。豊島は「本譜よりはよかった。本譜は受けてくれないのではひどかったですね」と振り返っていた。
△3九銀
*16時35分、藤井が駒台から銀を放った。こちらに銀を打てば▲4八飛と逃げられる心配はない。
▲1八飛
*いったんかわす。飛車を攻めた手段が△2七銀ではないので、端に逃げる余地が生じた。
△5八角成
*藤井、ノータイム。鋭い。ここから▲5八同飛△4七飛成▲5三角成は△5八竜▲同玉△4八飛から先手玉が詰んでしまう。となると▲5八同玉だが、△2七金▲5三角成△1八金のときに▲同香は△4七飛成がある。以下▲同玉は△4八飛から詰み。青野九段は「▲1八同香と取れないのはひどいね。△5二玉でもよさそうだったけど、これでもいいのか」と驚いている。
▲同 玉 △2七金
*飛車と角の両取り。無条件で角を取れればそれまでだが、▲5三角成と逃げるのは△1八金と飛車を取る手がぴったりになる。
▲1六飛 △2六金 ▲同 飛 △9六歩
*思わぬところに手が伸びた。大胆に踏み込んだ直後だけに、主戦場から遠い端は目がいかない。狙いは歩の調達で、▲9六同歩△同香▲同香△4六歩と4筋を攻めれば受けにくい。後手陣は金銀がバラバラで不安のある形だが、盤上で後手玉に迫っている攻め駒は1枚もない。一方の先手玉は上下から攻められていて、安定度には差がついている。
*
*
*※局後の感想※
*「攻めがつながる形になって、手の流れは悪くないかなと思っていた」(藤井)
▲3八金
*自玉を脅かしている銀を取り除きにかかる。しかし駒を投資したうえで受け一方になるので苦しい。
△9七歩成 ▲同 香 △9六歩
*落ち着いた攻め。金を手放してくれたので、焦る必要がない。先に香を手に入れる手筋で、▲9六同香△同香のときに▲9七歩と受けるのでは△4三香が激痛になる。さりとて▲9七歩に代えて▲3九金と銀を取るのも平凡に△9八香成で収拾がつかない。
▲2四歩 △同 歩 ▲7四歩
*適当な受けがないので攻め合いに活路を求める。狙い筋は△7四同金に▲2四飛△2三歩▲3四飛だ。以下△4五角▲7四飛△7八角成には▲7一飛成で合駒請求が利く。
△7二金
*浮き駒になって目標にされないように引いておく。冷静沈着。藤井がチェスクロック用のタブレットに目をやる。互いに残り20分を切って余裕がない。藤井は前傾姿勢になったり、体を起こしたり。豊島が顔をしかめて首を振った。
▲8四角
*17時36分の着手。先手は忙しい状況で甘い手が指せない。王手で角を打って攻防に利かせた。持ち駒の少ない後手の弱みを突いている。
△4一玉
*横にかわす。依然として先手は忙しい。好機に▲3九金と駒の補充が利くことを見越して、▲5一銀と食いついてどうか。
▲5一銀
*盤上に攻め駒を増やして圧力をかける。苦しい状況だが、玉が危険になれば焦りも生じやすい。
△4三飛
*「ひとつか」と青野九段。四段目に逃げる△4四飛も有力で、▲2四飛△2三歩のときに▲3四飛を防ぐことができた。
*
*※局後の感想※
*代えて△4四飛は▲2四飛△2三歩▲2五飛が好着想で、▲5五飛~▲5三飛成を狙われる。
▲2四飛 △2三歩 ▲3四飛
*歩切れのため△3三歩と打てない。しかし、△4五角の両取りはある。
*
*※局後の感想※
*ここで△4五角は▲3五飛△7八角成▲3九金と進めれば次に▲5二銀が狙える。「これは痛いですか」と藤井。豊島は「これでもダメなのかもしれないですけど」と苦笑していた。
△9七歩成 ▲3九金
*銀を入手。次は▲5二銀△同玉▲3二飛成の送りの手筋がある。
△3三香
*直前に手に入れた香を使ってぴったりの受け。飛車の逃げ場がない。
▲5四銀
*放り込むような手つきで歩頭に銀をねじ込んだ。非常手段だが、△5四同歩▲同飛で飛車が生還しながら急所をにらむ。
*
*※局後の感想※
*「ちょっとダメかなと思ったんですけど、ほかにやりようがない」(豊島)
△同 歩 ▲同 飛 △8八と
*悠々と攻め合う。後手玉は飛車と角が急所に利いて危険な形だが、▲4二銀成は△同金で詰まない。
*
*※局後の感想※
*局後のインタビューで藤井が「取り合いは損をしたのかな、と。銀を取られないように受けておくほうがよかった」と話した場面。代えて△4四銀は有力だった。以下▲4二銀成△同金▲5一飛成△3二玉▲8一竜△8八とは「かなりきつい」と豊島。以下▲同金は△6九銀▲同玉△6七銀の寄せがある。
▲5五飛
*再び攻め駒を補充。次は▲4二銀打△同金▲同銀成△同飛▲5一角成△3二玉▲4二馬と王手が続く。
△5三銀
*藤井はこの手で持ち時間を使いきって秒読みに入った。豊島も秒読みに入る。
▲6二銀成
*秒に追われたような慌てた手つきだった。次に▲5二銀を狙う。飛車を取ってしまえば先手玉が安全になるので大きい。ただ、この銀成り自体は玉から遠ざかる攻めなので不安がある。
△6九銀
*飛車を取られる前に王手でスピードアップ。危険地帯に誘う捨て駒で、▲6九同玉は△7八と▲同玉△4七飛成で手順に飛車を逃げながら包囲網を築ける。
*
*※局後の感想※
*「本譜は追いすぎて……。本譜だけはなかったですね」と藤井。代えて△3一玉の早逃げは有力だった、以下▲5二銀△6九角▲同玉△4七飛成で寄せが狙えた。
▲4八玉 △6二金
*手がかりを増やしてから戦力補充。どこかで△5九角が切り札になる。
▲同角成
*手駒を増やした代償に後手玉も危険度が増している。馬を取る△6二同銀は▲5二銀と打たれるので、先手玉の寄せを考える必要がある。
△5九角
*切り札の角打ち。あらかじめ銀を打った効果で、▲5九同玉は△5八銀打以下の詰みがある。
▲3八玉 △2七銀
*銀を捨てて飛車の成り込みを狙う。3筋には香が利いているので、▲2七同玉△4七飛成と一間竜で迫った形が厳しい。
▲同 玉 △4七飛成
*飛車を成り込んで王手。敵玉に迫るだけでなく、自玉から遠くなって目標になりにくくなった効果が見逃せない。
▲1八玉
*玉頭が寒く怖いが、代えて▲3七銀と合駒を出すのは△同角成▲同桂△3六竜の筋があってかえって危なかった。
△6二銀
*手を戻して貴重な戦力を入手した。飛車を成り込んだ効果で▲5二銀が王手銀取りにならない。竜が攻防に絶大な力を発揮している。
▲3八銀 △4四龍
*飛車に当てながら逃げる。金銀の持ち駒では後手玉が寄らない。冷静だ。藤井は水を飲む。
▲4二歩
*王手で打診。竜で取ってくれれば飛車の当たりが外れる。
△同 金 ▲4五金
*ただ飛車を逃げるのでは勝負にならない。豊島は手順を尽くして食い下がっている。
△5五龍 ▲同 金
*次は▲4三歩△同金▲4四歩というわかりやすい攻めがあり、楽しみが残っている。
△7八と
*金を補充したが、この手そのものは先手玉に響いていない。終盤で手番を渡すので勇気の選択といえる。
*
*※局後の感想※
*金ではなく、あえて安い桂を取る△8九とがあった。以下▲4三歩△同金▲2二飛に、藤井が「これが詰めろじゃないってことですか」と目を丸くしながら△2六桂と打つ。以下▲2七玉△3八桂成のときに▲3二銀から危ないが、△5二玉▲4三銀成△6一玉▲5二成銀△7二玉で上に抜けている。
▲4三歩
*先手玉は補強の成果で耐久力を得ている。しばらく攻勢が続きそうだ。
△同 金 ▲2二飛
*先手は手番を握って攻めているものの、攻め駒の枚数はギリギリだ。敵陣の駒を取って戦力を増やせば切れる心配も減る。
*
*※局後の感想※
*「飛車が痛すぎて」(藤井)
*「駒損がひどいですけど、際どい感じになっているのかなと」(豊島)
△3二角
*銀桂の両取りを受けつつ▲3二銀を消している。追撃の▲5二銀には△3一玉とかわしてどうか。
▲5二銀 △3一玉
*飛車を捕獲して切り返す。攻めが続くかどうかは際どい。どう迫るかだが、▲4三銀成△2二玉▲4二金は少々攻めが重い印象がある。
▲3二飛成
*角と刺し違える。あっさりしているようでも△3二同玉に▲4一角と打てば、守り駒を減らして攻め駒を増やして理にかなっている。
△同 玉 ▲4一角
*形を決めていって△4二玉▲4三銀成△同玉▲4四歩△4二玉▲5二金△3一玉▲4三歩成と迫れる。と金が作れれば攻めがいきなり分厚くなる。先手玉はいきなりは寄らない。豊島が逆転したようだ。
*
*※局後の感想※
*代えて▲4三同銀成△同玉▲4四歩△4二玉▲5四金と迫れば持ち駒を温存できるので、先手玉の安全度が増す。ただ、本譜に比べると先行きは不透明だ。豊島は終局直後のインタビューで「持ち駒を残したまま攻めれば安全は安全なんですけど、最終的に寄せきれるかわからなかったので、本譜で」と話している。藤井も感想戦で「本譜以外は頑張れるというか、受けて」とうなずいていた。
△4二玉 ▲4三銀不成△同 玉 ▲4四歩
*58秒まで読まれていたが、豊島の手つきはしっかりしていた。
△4二玉 ▲5二金
*孤立している後手玉に対し、どんどん先手の攻め駒が増えていく。
△3一玉
*青野九段は盤面を映すモニターを見て「△1六飛は大丈夫かな」とつぶやく。寄せで駒を使いきっているので合駒が打てない。ハッとする王手だ。
▲4三歩成
*後手玉は詰めろで、△2二玉も▲3二角成からほとんど一手一手の寄り。
△1六飛
*この王手は背筋が寒くなる。合駒を打てればなんということのない飛車だが、駒台には歩しかない。
▲2八玉 △2六飛打
*飛車の重ね打ちで追いすがる。今度は歩が立つが、▲2七歩に△1九飛成▲同玉△1六香の追撃手段がある。当然ながら打てる合駒は飛車しかない。まだまだ嫌みは残っている。
▲2七歩 △3七銀 ▲同 桂
*桂を動かすことで端を薄くしたが、銀を渡したことと戦力が減った影響が大きそうだ。
△1九飛成
*最後の勝負。藤井は着手すると、額に手をやってうつむいた。
▲同 玉 △1六香
*銀をもらったことで▲1八銀と銀合いが利く。飛車しかない状況よりもだいぶ安心感がある。
▲1八銀 △3七角成
*盤上の駒をフル活用。まだまだ手が続く。銀の利きをずらす狙いで、▲3七同銀に△1八香成▲同玉△1七銀▲同玉△1六金の筋がある。
▲同 銀 △1八香成 ▲同 玉
*藤井はうつむき、天を仰ぐ。「ということはダメなんだ。詰んでるならノータイムだから」と青野九段。
△1七銀
*詰将棋の名手、藤井の追い込み。しかし、▲1七同玉△1六金▲1八玉△2七金▲2九玉で際どく詰みはなさそうだ。
▲同 玉 △1六金
*藤井は金を打ってジンジャーエールを飲む。ぼんやりと長机のほうに目をやる。
▲2八玉
*豊島が着手すると、藤井は額を押さえてうつむいた。これも△2七金に▲2九玉とまっすぐ引けば詰みはない。
△2七金 ▲2九玉
*豊島、すっと玉を引いて後頭部に手をやる。藤井は腕組みをして天井を見上げた。
△3七金
*銀を取りながらの開き王手。ただ、合駒をすれば数が足りている。
▲2八銀 △3八銀
*万策尽きたように見えたが、恐ろしい放り込みがあった。清算して△3六飛と寄ったときに後ろに香が控えている。先の銀合いがこの筋に備えていた。最後まで油断できない。
▲同 金 △同 金 ▲同 玉 △3六香 ▲3七歩
*王手を続けるなら△3七同香成▲同銀△4七金▲同玉△3五桂だが、▲4八玉△4七歩▲4九玉△2九飛成▲3九香で逃れている。秒を読まれた藤井が頭を下げた。終局時刻は19時5分、消費時間は両者4時間。豊島が逆転に成功して藤井の追い上げを振り払い、五番勝負は1勝1敗のタイに。第3局は8月9日(月・祝)、愛知県名古屋市「か茂免」で行われる。
△投了
*※局後の感想※
*王位戦第2局で手応えを得ていた豊島が早繰り銀を選んで相早繰り銀になったが、藤井の△4五歩(32手目)が意表の構想で豊島の用意を上回った。難しい戦いが続く中、▲2六角(63手目)が疑問で藤井ペースに。だが、時間切迫の終盤で藤井が選択を誤って逆転、最後は豊島が際どく逃げきった。豊島は感想戦後の談話で「あきらめずにやったのが結果的によかったと思う」と語っている。
まで161手で先手の勝ち

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