第71期ALSOK杯王将戦七番勝負第3局。藤井聡太vs渡辺明

開始日時:2022/01/29 09:00
終了日時:2022/01/30 19:15
表題:第71期ALSOK杯王将戦七番勝負第3局
棋戦:王将戦
戦型:相掛かり
持ち時間:8時間
消費時間:135▲477△478
場所:栃木県大田原市「ホテル花月」
備考:昼休前44手目4分\n2日目昼休前70手目39分\n封じ手時刻:18:01<62手目>\n
先手:藤井聡太竜王
後手:渡辺明王将

*渡辺明王将に藤井聡太竜王が挑戦する第71期ALSOK杯王将戦七番勝負。第2局を終えて、藤井が2勝0敗でリード。渡辺が1勝返すか、藤井が一気に3連勝するか。注目の第3局は1月29・30日に栃木県大田原市「ホテル花月」で指される。
*本局の先手番は藤井。持ち時間は各8時間。昼食休憩は両日とも12時30分から1時間。封じ手は1日目の29日18時時点で手番の棋士が行う。
*立会人は深浦康市九段。副立会人は戸辺誠七段。記録係は齊藤優希三段(深浦康市九段門下)。スポーツニッポンの観戦記は関口武史指導棋士五段が担当する。
*【主催:スポーツニッポン新聞社】
*【主催:毎日新聞社】
*【特別協賛:ALSOK】
*【協賛:囲碁将棋チャンネル】
*【協賛:立飛ホールディングス】
*【協賛:inゼリー】
▲2六歩
*9時になり、立会人の深浦九段が「定刻となりました。藤井竜王の先手で始めてください」と告げた。藤井はお茶を飲む。そして、▲2六歩。報道陣が一斉にカメラのシャッターを切る。
△8四歩
*渡辺が2手目を指すと、関係者が席を外して退室した。
*
*◆渡辺 明(わたなべ あきら)王将(名人・棋王)◆
*1984年4月23日生まれ、東京都葛飾区出身。所司和晴七段門下。2000年、四段。2005年、九段。棋士番号は235。
*タイトル戦登場は40回。獲得は王将5期、竜王11期(永世竜王)、名人2期、王座1期、棋王9期(永世棋王)、棋聖1期の計29期。棋戦優勝は11回。
▲2五歩
*◆藤井 聡太(ふじい そうた)竜王(王位・叡王・棋聖)◆
*2002年7月19日生まれ、愛知県瀬戸市出身。杉本昌隆八段門下。2016年、四段。2021年、九段。棋士番号は307。
*タイトル戦登場は7回。獲得は竜王1期、王位2期、叡王1期、棋聖2期の計6期。棋戦優勝は5回。
△8五歩
*渡辺の本年度の成績は18勝14敗(0.563)。
*通算成績は701勝360敗(0.661)。
▲7八金
*以前の藤井なら▲7六歩から角換わりを目指すことが多かった。第2局はその出だしだった。近年の藤井は▲7八金から相掛かりを好む。
*
*藤井の本年度の成績は48勝12敗(0.800)。
*対局数、勝数、連勝のランキングで1位。
*通算成績は261勝52敗(0.834)。
△3二金
*王将戦はスポーツニッポン新聞社と毎日新聞社が主催する棋戦。特別協賛はALSOK。協賛は株式会社囲碁将棋チャンネル、株式会社立飛ホールディングス、inゼリー。
*2021年4月から綜合警備保障株式会社のコーポレートブランド、「ALSOK」が特別協賛に加わり、「ALSOK杯王将戦」の棋戦名で行っている。
*王将戦は1950年度に優勝棋戦として創設された。翌年度にタイトル戦に昇格して第1期王将戦が行われた。一次予選と二次予選をトーナメントで行い、二次予選通過者3人とシード4人の計7人で挑戦者決定リーグを戦う。リーグ優勝者が七番勝負の挑戦者となる。
▲3八銀
*今期七番勝負から協賛に加わったinゼリーは、森永製菓が販売するゼリー飲料。タレントの櫻井翔さんが主演のCMが森永製菓YouTubeチャンネルにアップされている。
△7二銀
*本局は囲碁将棋プレミアムで動画配信される。両日とも8時配信開始。囲碁・将棋チャンネルでも29日は8:45~12:30、13:30~18:30、30日は8:45~12:30、13:30~20:00に中継あり。
*29日は解説が金井恒太六段、聞き手は本田小百合女流三段。
*30日は解説が屋敷伸之九段、聞き手は観戦記者の内田晶さん。
▲9六歩
*▲5八玉や▲6八玉なども指されているが、▲9六歩は藤井好み。▲9七角と出る含みがある。例えば、△8六歩▲同歩△同飛のあとに△8七歩と打たれても▲9七角とかわすことができる。
*この局面の先手を持った藤井の成績は17勝2敗。第1局もこの出だしから勝った。ただし、直近の1月13日の第80期順位戦B級1組対千田翔太七段戦は敗れた。
△3四歩
*ほかの手も考えられるが、第1局と同じ手を指した。
*
*渡辺は王将戦に第51期から参加。第59期以降はリーグ以上に在籍(リーグ陥落しても、翌期に即復帰している)。七番勝負登場は今回で7回目。王将獲得は通算5期で、現在3連覇中。
▲2四歩
*藤井は王将戦に第67期から参加。第69期からは3期連続で挑戦者決定リーグに在籍。前期にリーグ陥落したものの、今期は二次予選を通過してリーグ復帰。リーグは5勝1敗で優勝して挑戦権を得た。
△同 歩
*過去の対戦成績は、渡辺2勝、藤井10勝。意外な差がついている。渡辺は番勝負、対戦成績とも苦しい星だが、対藤井戦の2勝はいずれも後手番で挙げたもの。本局でも白星を挙げられるか。
*これまでの二人の対戦は、すべて2手目△8四歩から後手が先手の作戦を受けて立つ将棋になった。
*藤井先手のときは相掛かり2局、角換わり2局、矢倉1局。
*なお、渡辺先手では、矢倉3局、相掛かり2局、角換わり1局、雁木1局。
▲同 飛
*本局が行われている栃木県大田原市は、県の北東にある都市。人口は約72000人。大田原市はトウガラシの生産量日本一で「栃木三鷹」の産地。また、平家物語にも出てくる那須与一の墓所がある。与一をモデルにしたゆるキャラ「与一くん」は全国的にも人気が高く、王将戦の前夜祭に登場して場を盛り上げてくれる。
*対局場であるホテル花月の地域は旧黒羽町にあたる。黒羽は江戸初期の俳人である松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅で立ち寄り2週間滞在したことで知られる。渡辺はスポーツニッポン紙の王将戦勝者記念写真で松尾芭蕉に扮したことがある。
△8六歩
*大田原市文化振興課による王将戦開催実行委員会のページにも本局の写真が掲載されている。
*これまでの大田原での王将戦対局も多く紹介されているのでご覧いただきたい。
▲同 歩
*本局の対局場であるホテル花月は創業140年以上の歴史を有する。関東有数の清流で知られる那珂川がホテルのそばを流れる。
*大田原市では2005年度の第55期七番勝負以降の対局が毎年行われている。特にホテル花月では第56期から毎年指されており、今回で16期連続となる。ホテルのロビーには対局者の色紙や写真などが数多く展示されている。
*渡辺は7回目の大田原対局で、過去6局は5勝1敗。相性のいい対局場だ。
*
*ホテル花月での対戦は以下の通り(左側が先手)。
*第56期第1局 羽生善治王将●-○佐藤康光棋聖(千日手指し直し局)
*第57期第1局 久保利明八段●-○羽生善治王将
*第58期第3局 深浦康市王位○-●羽生善治王将
*第59期第2局 羽生善治王将○-●久保利明棋王
*第60期第3局 豊島将之六段●-○久保利明棋王・王将
*第61期第2局 久保利明王将●-○佐藤康光九段
*第62期第4局  渡辺明竜王○-●佐藤康光王将
*第63期第2局 羽生善治三冠●-○渡辺明王将
*第64期第3局  渡辺明王将●-○郷田真隆九段
*第65期第3局 郷田真隆王将●-○羽生善治名人
*第66期第3局 郷田真隆王将●-○久保利明九段
*第67期第3局 久保利明王将○-●豊島将之八段
*第68期第3局  渡辺明棋王○-●久保利明王将
*第69期第3局  渡辺明王将○-●広瀬章人八段
*第70期第3局  渡辺明王将○-●永瀬拓矢王座
△同 飛
*本局の立会人である深浦康市九段は、ホテル花月で第58期七番勝負第3局の対局をした。当時の羽生善治王将のゴキゲン中飛車を破っている。また、第63期第2局▲羽生善治三冠(当時)-△渡辺王将戦が行われた際は、非常勤理事として対局に立ち会ったり前夜祭に出席したりした。立会人、対局者、理事と3つの立場でホテル花月を訪れた棋士は深浦九段のみだ。
▲8七歩
*本局の記録係を務める齊藤優希三段は深浦九段門下。2日制の記録係は初めてとのこと。2020年度の第51期新人王戦で準優勝した。
△8四飛
*本局は前夜祭や現地大盤解説会に多くの参加応募があったが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため中止となった。そのため、関係者のみの歓迎セレモニーが行われた。
▲2八飛
*七番勝負第3局の本局は、大田原市と下野新聞が後援、JAなすのが協賛している。
*前夜祭では、JAなすのから、いちご(とちおとめ、スカイベリー、とちあいか)や那須和牛、米、うど(全国トップクラスの生産量)などの名産品が贈られた。
△2三歩
*1月6日から第72期の一次予選が始まっている。スポーツニッポンのサイトでは新しい試みとして、第72期一次予選の棋譜速報を行っている。
▲7六歩
*スポーツニッポンや毎日新聞では、七番勝負前に特集記事を掲載している。
△9四歩
*第1局は△4二玉として、9筋の端歩を省略して中央に手をかけていた。
*手元のデータベースで調べてみると、ここ1年ほどの対局は△4二玉がほとんどだった。それ以前の対局で△9四歩が見られる。少し古い形をあえて用いた渡辺の工夫が注目される。藤井は前傾姿勢になって考える。
*時刻は藤井の考慮中に9時30分を過ぎた。
▲6八玉
*藤井は▲6八玉と上がって席を外す。
*
*28日にホテル花月に到着した両対局者は対局室の検分を行った。封じ手の場所の確認、おやつは飲み物のみ対局室で、固形物は対局者の控え室に出すことの確認をして5分ほどで終了。
*その後、対局者は色紙に揮毫した。
△4二玉
*両者の大きな違いは飛車の位置だ。一般的に、先手側の引き飛車は持久戦向き、後手の浮き飛車は急戦向きとされる。ただし、第1局では、藤井が▲3六歩~▲3七銀~▲4六銀と早繰り銀で積極的に進めていた。
▲3六歩
*△9四歩▲6八玉の2手がなければ第1局と同じ。進行次第では、第1局と合流する可能性がある。41手目▲8六歩という珍しい指し方、終盤の白熱した攻防が大きな話題になった将棋だ。
*
*今日の大田原市は晴れ。朝のホテル花月からは、朝日に照らされて那珂川が輝いて見えた。
*最高気温は6度と予想されている。大田原市は関東平野の北部にあり、冬はからっ風が吹く。
△7四飛
*△7四飛を見た深浦九段は「(22手目に)端歩を突いたので△7四飛や△8六歩▲同歩△同飛と動いてみたいところでした。端攻めを狙うことができます。先手を▲3六歩と突いているので△5五角の筋があって攻めを狙われやすい局面です。なので、歩を取られないように▲7七金と受けるところですね」と話す。
▲7七金
*10時を過ぎて藤井は▲7七金と受けた。深浦九段の予想通りだ。
*
*本局の副立会人の戸辺七段は、以前にもホテル花月を訪れたことがある。奨励会に在籍していた栃木県出身の弟子を取ったこともある。
△8四飛
*ここで▲7八金なら25手目と同じ局面になって控室がざわっとするところだが、ここで千日手になることはないだろう。
*攻撃陣の充実を目指すなら▲3七銀や▲3七桂、▲4六歩から▲4七銀といった駒運びが考えられる。
*
▲8六歩
*10時12分の着手。
*再び▲8六歩が。7七にいる駒が第1局と違うため意味合いは異なる。このあと、▲8七金と寄るのが好形というのが近年出てきた考え方。以前は銀冠のように、8七には銀を配するもので金はよくない形という認識が強かった。
*渡辺の考慮中に10時30分になり、午前のおやつが出された。藤井が「和菓子(ホテルの自家製栗小倉ようかん、水仙)」、「アイスコーヒー」。渡辺が「ホットコーヒー」、「いちごのショートケーキ」。
*栃木県はいちごの産地として知られる。長年、いちごの収穫量日本一を誇る。ショートケーキに使われているいちごは、JAなすのの「とちおとめ」が使われている。なお、第1局の静岡県、第5局の佐賀県もいちごの産地として知られている。
*少しして、10時34分ごろ、藤井が席を外す。対局室に出されるおやつは飲み物のみ。和菓子は自室に出されている。10時36分、渡辺も席を外す。おやつは長丁場の戦いに臨む対局者を癒やしてくれる。10時44分ごろ、藤井、渡辺の順で戻る。渡辺は座る前に電気ストーブを近づけた。おやつを食べつつ流れでほかの作業もこなす。無駄を省く渡辺らしい。
*11時を過ぎた。渡辺は50分以上考えている。どのような構想で駒組みするか分岐点だ。控室では、副立会人の戸辺七段と常務理事として現地を訪れている鈴木大介九段が継ぎ盤で持久戦の進行を並べている。
*■将棋プレミアム■
*金井恒太六段>ここで△8三銀▲8七金△7四銀▲2二角成△同銀▲7七桂という進行は、先手の桂が7四銀の出足を止めているので、後手としては一つの指し方ですがやりにくいというのが第一印象です。
△7四歩
*11時11分の着手。△7四歩までの消費時間は▲藤井29分、△渡辺1時間25分。
▲8七金
*▲8六歩の予定なので、藤井は1分で▲8七金。第1局の▲8六歩も▲8七金と上がるためのものと予想する向きもあったが、実際はそう指すことなく激戦が展開された。
*29手目の棋譜コメントで記したように、▲8六歩から▲8七金と7七の金を整える指し方自体は部分的に近年増えてきた。将棋ソフトの影響で従来の常識が変わった一例がこの金の形だ。とはいえ、ただ組むだけではいけない。どのようなビジョンを描いているかが大切になる。
*なお、局面はだいぶ異なるが、△7四飛に▲7七金~▲8六歩~▲8七金と組み替える指し方は、本田奎五段著『本田奎の相掛かり研究』(マイナビ出版)で紹介されている。
△7三桂
*控室で鈴木九段は、△6四歩~△6三銀~△6二金~△8一飛~△5二玉という後手の駒組みを示していた。
*先手はどうするか。戸辺七段は「先手が▲3七銀と上がるか▲4六歩から▲4七銀とするかわからない」という。将棋は攻めの銀の使い方で攻撃形が変わる。
*後手が△7四歩から△7三桂としたので、右銀で8筋を攻める進行ではなくなった。そのため、先手も玉側の整備を急ぐ必要はない。また、うっかり▲7八銀は△8八角成▲同金△5五角の飛車金両取りが生じる。
▲4六歩
*11時51分、藤井は▲4六歩と突く。これは▲4七銀と出るコースだ。深浦九段はスーツに着替えて控室へ。
*
*大田原市観光協会で七番勝負の記念扇子を29日から販売する。
△6四歩
*本局は比較的穏やかな進行になりそうだ。じっくりした駒組みの中で8七金型がどのように生きるかが注目される。
*藤井の考慮中に12時となった。黒羽地区に時刻を知らせるチャイムが鳴る。
▲4七銀 △6三銀
*この手を見た藤井は棋譜を借りて進行を確認する。
*互いの角がにらみ合っている。この場合、角交換した側は手損になる。交換するだけの理由がないと損になる。
*具体的には▲2二角成△同銀▲8八銀という進行は、先手が左銀を二段目に使うために角と銀を1回ずつ動かしている。しかし、後手は角を取り返しながら左銀を活用できる。将棋で「~しながら」は一挙両得のことが多いので、それを狙いたいし、相手にはやらせたくない。
▲3七桂 △6二金
*相居飛車戦の好形に構えた。次に△8一飛と引いた形は隙がない。角換わり腰掛け銀では6二金型が5二金型から主流の座を奪っている。
▲5八金
*12時22分、藤井は▲5八金。後手とは違う駒組みを考えている。重要な分岐点なので、昼食休憩を利用してご飯を食べながらあらためて考えそうなものだが、第1局の41手目▲8六歩といい、休憩前に指すのが藤井流か。
*※局後の感想※
*▲4八金と上がる手も考えられた。
△8一飛 ▲2九飛 △1四歩
*深浦九段に午前中の進行を聞いた。
*深浦九段「少し形は違いますが、昨年10月の第80期C級2組順位戦▲伊藤匠四段-△高野智史六段戦で、8四飛・5四銀型の後手陣に▲7五歩と仕掛けた将棋がありました。▲7五歩に△同歩なら角交換から▲7四歩△同飛▲8二角と打つ筋があります。
*藤井竜王が▲5八金(39手目)としたのは隙のない形を作って、後手が△5四銀と上がったときに▲7五歩と突く準備のためでしょう。
*後手は動くのが難しいので△5二玉から中央を厚くして手待ちすることになりそうです。そうすると、手の損得はあまり関係ない将棋になりますが、先手も動きが難しくなります。ここ数手の指し手が早かったのは、難しい局面で時間を残す意図があると感じます。
*先手からは角交換のあとに▲7八銀~▲7七桂~▲9八香~▲9九飛という地下鉄飛車は考えられます。そのときに玉形を5八金型で指すか▲4八金から▲5八玉とするか。先手は8七金型のよさを出してくると思います」
▲1六歩
*12時25分の着手。昼食休憩前にもかかわらず指し手がドンドン進む。いつ手が止まるか予想していた控室では「おおー」「ああっ」と盛り上がる。
*ここで渡辺が4分使って昼食休憩に入った。ここまでの消費時間は▲藤井1時間31分、△渡辺1時間34分。対局は13時30分再開。
*対局者の昼食は藤井が「与一和牛のステーキ重セット(サラダ・デザート)」、渡辺が「与一和牛のビーフカレー」。「与一和牛」は大田原産のA5ランク黒毛和牛だ。
*13時30分対局再開。渡辺はまだ対局室に戻っていない。
*藤井は13時27分に対局室入り。除菌用のウエットティッシュで手をふく。渡辺は13時36分ごろに対局室に入ってきた。渡辺はすぐには指さず、熟考を続ける。
*戸辺七段はどういう駒組みになるかわかりかねているという。理想形がわかっていれば、それを目指す手を指せばいい。先手陣のように新しい形は、何が理想かわからないと方針もなかなか定まらない。「藤井さんの将棋は臨機応変ですよね」と戸辺七段。
△6五歩
*14時17分、渡辺が△6五歩と突く。将棋プレミアムで金井六段が示していた。6四に左銀を移動させる、角交換から角を据えるといった指し方が考えられる。位取りは主張点になる。
*戸辺七段は「△6五歩は角交換から▲6六歩・▲6七銀・▲7七桂の形を阻んだ意味があります。将来△6五桂や△6五銀と攻める筋はありませんが、リスク少なく先手陣に圧をかけています」という。
▲5六歩
*▲7八玉や▲2二角成△同銀▲7八銀を予想していた戸辺七段は「全然当たりませんね」。
*■将棋プレミアム■
*金井恒太六段>玉の懐を広げています。双方が右銀を腰掛け銀にしないで指すことになりました。
*※局後の感想※
*単に▲7七角は△同角成▲同桂に△7五歩▲7八銀△7六歩▲同金△7五歩▲同金△9三角の筋が気になる。▲5六歩を突いていれば、△9三角に▲5七角など対応しやすい。
△5四歩
*前手で触れた▲2二角成△同銀▲7八銀は考えられる。以下△3三銀▲7七桂と進める。▲9八香から▲9九飛の狙いがあり、後手が6筋の位を取ったため、△5四角から△7五歩▲同歩△7六歩と桂頭攻めの心配がない。
▲7七角
*相掛かりで時おり見られる形。▲7七角△同角成▲同桂△2二銀の進行と▲2二角成△同銀▲7七桂の進行は同じ局面ながら、前者は先手の手番、後者は後手の手番。つまり、前者のほうが先手は1手得になる。角交換による手の損得は難しいもの。2つの手順を並べて比較していただきたい。
*この局面で15時になり、午後のおやつが出された。藤井が「いちごのショートケーキ」と「アイスティー」。渡辺は「とちおとめジュース」と「ホットコーヒー」。ショートケーキは自室に出す。
△同角成 ▲同 桂
*藤井は▲7七同桂に6分使っているが、その多くは自室に戻っていた時間である。
*渡辺は扇子でハタハタあおいで考えている。
△2二銀
*中央重視なら△5二玉から△4二銀も考えられた。ただし、▲7八銀~▲9八香~▲9九飛の地下鉄飛車に近づく恐れも。
*藤井は前傾姿勢。左手に扇子を持つ。▲7八銀とすれば、玉頭(6七)を補強できる、8七の金と連携できる、飛車の横利きをさらに通すことができると価値が高い。
▲7八銀
*将棋プレミアムではソフトが▲6五桂を示していた。△同桂に▲6六歩から桂を取り返して、▲3五歩△同歩▲3四桂の筋を狙う構想。だが、かなり指しにくい手だった。金井六段は「そういわれましても、▲6五桂を指すのはすごい胆力が必要です」と話していた。
*▲7八銀は駒の働きをよくして価値の高い手だ。8七金・7八銀は普通なら金銀が逆形で銀冠が好形といわれる。ただし、銀冠はなかなか組みにくい。8七金型を作ることは、本局のような進行ならさほど難しくない。
△3三銀 ▲9八香
*16時直前、藤井は地下鉄のトンネルを掘り終えた。▲9九飛の地下鉄飛車の実現は目前だ。何事もなく▲9九飛から▲9五歩で営業を始めれば、藤井鉄道は大きな利益を上げられる。
*渡辺は漫然と指すのはまずい。△9二香▲9九飛△9一飛などと9筋を受けるか、機先を制するべく△8五歩などで動くか、何かしら対応する必要がある。
△4四銀
*渡辺は中央から動こうとしている。9筋よりも相手の玉に近い場所でリードしようという考え方だ。
*先手は▲4五歩で追い払えるが、のちに△6四角が桂取りと8六を狙う駒になるため一長一短だ。
*藤井の考慮中に16時30分になった。1日目で駒がぶつかるかどうか微妙なところ。戸辺七段は1日目では戦いにならないと予想している。
▲9五歩
*16時33分、藤井は▲9五歩と突き捨てて席を外した。渡辺は天を仰いでから扇子であおぐ。
*▲9九飛から▲9五歩なら確実だが、戦果を挙げるには時間がかかる。この▲9五歩は△同歩に▲9九飛とするつもりで、攻めの速度を上げようとしている。
*■将棋プレミアム■
*金井恒太六段>後手は△9五同歩▲9九飛と進めると後手は対抗手段が難しそうです。それよりも△5五歩から動くほうがよさそうです。重要な局面で封じ手を迎える可能性が出てきました。
△5五歩
*「戦いが始まりました」と戸辺七段が声を上げた。地下鉄飛車の開通を許さんとばかりに渡辺が攻めかかる。▲9四歩~▲9三歩成~▲9二との3手で飛車香両取り。後手はその前にポイントを稼げれば有利になる。
*藤井からすれば、地下鉄飛車を見せて後手に動かせたと考えることもできる。どちらの構想が上回るか。
▲4五歩 △5三銀 ▲5五歩
*藤井は相手の銀を追い払って歩得を果たす。しかし、上ずったという見方もできる。△5六歩▲同銀△3八角(あるいは△4六角)のような攻め筋もある。これを踏まえると△6四銀左に▲5六銀や▲4六銀とは受けにくい。
*
*渡辺の考慮中に17時。大田原市の日の入りは17時過ぎ。あたりが暗くなってきた。
△9五歩
*渡辺は△5五歩でちょっかいを出してから手を戻した。55手目に△9五同歩と取るよりも反撃しやすいと考えたようだ。
*戸辺七段は▲4六角や▲9九飛を示す。17時25分ごろ、和服に着替えて深浦九段が控室に戻る。「難しい局面ですね。18時になっても手番側が考えるかも」という。
▲4六角
*17時32分に指されたのは▲4六角の手厚い角打ち。▲2四歩△同歩▲同角の王手や▲1五歩の端攻めの狙いが見えてきた。1筋から5筋方面が主戦場になったら、藤井は▲9九飛としないかもしれない。どうなるか。
*藤井が席を外すと、渡辺は棋譜を見た。17時50分ごろ、深浦九段と戸辺七段が対局室に向かう。渡辺は齊藤三段に声をかけて、封じ手用の図面を作るよう頼んだ。18時になり「封じ手の時刻になりました。渡辺王将、次の手を封じてください」と深浦九段。十数秒で「では、封じます」と渡辺が意思表示した。封じ手は隣の部屋で書く。1日目の消費時間は▲藤井3時間31分、△渡辺3時間56分。対局は30日9時に再開される。
*封じ手予想は深浦九段が△9六歩、戸辺七段は△6四銀左だった。
*29日19時から、スポーツニッポンのYouTubeチャンネルで深浦九段と戸辺七段による解説や楽しいトークが配信された。アーカイブも残っているのでご覧いただきたい。
△5六歩
*2日目朝、藤井は8時45分入室。渡辺は8時50分ごろ対局室入り。齊藤三段の読み上げに沿って二人が1日目の指し手を再現する。61手目▲4六角の局面まで再現し終えると、深浦九段が封じ手の封筒を2通持って移動し、開封する。封じ手用紙を確認して「封じ手は△5六歩です」と読み上げた。この手はスポーツニッポン紙で、齊藤三段が予想していた。▲5六同銀なら△3八角の飛車銀両取りになる。
*9時5分ごろ、藤井はあぐらになった。しばらく考えそうだ。封じ手の△5六歩は、▲9九飛から▲9五香の地下鉄飛車の攻めに対して、△9五同香▲同飛△5七香▲4八金△5九角の反撃を秘めている。先手を牽制している。
*9時20分ごろ、控室で深浦九段と戸辺七段が検討している。△5六歩以下▲9九飛△7五歩▲同歩△8四飛という手順が一例。後手は△8四飛と浮いた手が左右に利いている。「難しい」と深浦九段がうなる。戸辺七段は「かなり先まで読まないといけない局面です」という。その言葉を裏付けるように藤井は長考し続ける。2日目は対局再開前からエンジンがかかっているように見えた。
*
*2日目の30日も囲碁・将棋チャンネルと囲碁将棋プレミアムで動画配信されている。囲碁・将棋チャンネルの中継時間は8:45~12:30、13:30~20:00。
*解説は屋敷伸之九段、聞き手は観戦記者の内田晶さん。
*■将棋プレミアム■
*屋敷伸之九段>△5六歩は歩を取られてしまう恐れもあるので、結構勝負をかけた手という印象です。
▲2二歩
*10時26分、藤井は▲2二歩。予想されていない手に「へえぇー」と控室で声が上がった。「深浦先生がどこかで打つといっていましたね」と戸辺七段。しかし、深浦九段も「こんなに早く打つと思わない」と驚く。
*藤井は第1局で▲2二歩、第2局では△8八歩の手筋を効果的に利かして勝った。本局もそうした歩打ちになるか。
*※局後の感想※
*(1)▲9九飛は△2四角▲同角△同歩▲4六角△7五歩▲同歩△6四銀左▲2二歩△同金▲7四歩△同銀▲5四歩△5五角が検討された。以下▲9五香△同香▲同飛△4六角▲同銀△5七香▲9二飛成△6一飛で▲4八金△5九角▲7九玉△7六歩の変化が藤井は自信を持てなかったようだ。
*(2)▲8五桂△同桂▲同歩△5二玉で先手の手段が難しいという。
△同 金
*▲2二歩を予想していたためか、渡辺は2分で△2二同金と応じた。もっとも、△3三桂と逃げるのは▲3五歩の追撃があるので指しにくい。
▲4八金
*10時28分の着手。この手にも控室で声が上がる。▲2二歩と打ったので激しくいくと思いきや、じーっと▲4八金。ひねった印象もあり、予想しにくい。渡辺は棋譜を借りて消費時間を確認した。
*ここで10時30分になり、午前のおやつが出された。藤井が「自家製栗の小倉ようかんと抹茶セット」と「アイスコーヒー」。渡辺が「いちごのショートケーキ」と「ホットコーヒー」。
*10時35分ごろに藤井、少しして渡辺が席を外す。29手目▲8六歩の局面の1日目午前と同じように、ようかんやケーキを食べるために自室に向かった。
*先に戻ってきた藤井は棋譜を確認する。戻ってきた渡辺はそのあとも考え続けている。2020年の第91期棋聖戦のころは、渡辺が時間を残す戦い方もしていた。本局だけでなく、今回の七番勝負は時間差があまりつかないで進行している。本局は早い段階で構想力が問われる展開のためだろう。
*▲2二歩△同金で形を乱されたので、現局面は△9六歩などで攻勢を狙っていいものか、△3二金のように形を整えたほうがいいか分岐点。選択肢はかなり広く、方針を定めたいところだ。
△9六歩
*11時30分、渡辺が選んだのは△9六歩。攻め味を作った手だ。先手は左辺が8七金型なので△9七歩成に対応しやすい。8七銀・7八金の銀冠だと△9七歩成が厳しいところだった。
▲5六銀
*渡辺の長考に藤井はノータイム。嫌みな垂れ歩を除去するのは▲4八金から一貫した手順だ。▲6五桂を見て、△7五歩の桂頭攻めに備えた意味もある。
△3二玉
*渡辺も△9六歩で攻めを見せたと思いきや、△3二玉と玉形を整備した。2日目午前は複雑な進行だ。ここで深浦九段に話を聞いた。
*深浦九段「封じ手の△5六歩は私には意外でしたが、じっくり考えるといい手でさすがの間合いでした。対局者は厳しく考えていると思いました。
*現在は互いに桂が入りそうな局面です。そこで桂の攻めが効果的になるように▲2二歩(63手目)を利かして、いまの△3二玉は▲5四桂や▲2六桂から▲3四桂を避けています。ここ数手は、本格的な戦いを前に最適な陣形を模索しているところです。
*戦いに入ると、先手の8七金型は弱点が多く感じます。いっぺんに崩れる恐れもあって、藤井竜王は慎重に指し手を選んでいる印象があります。
*難しくて本当にわからない。王将戦の持ち時間は8時間ですが、15時間でも、20時間でも持ち時間があればある分だけ使い切ってしまいそうです。まだ局面が漠然としていて、対局者は大変だと思います。第1局のように、戦いが盤面全体に及んできているので、第1局同様の熱戦になりそうです」
▲5八玉
*11時50分の着手。△3二玉が▲5四桂や▲2六桂~▲3四桂の直撃を避けたものなら、この▲5八玉も9筋から遠ざかったり、将来の△5六桂を避けた意味がある。互いに力まかせに動くのではなくて、有効手を指して、相手にゆだねている。とはいえ、整備しても矢倉囲いや雁木のように決まった形ではないので、耐久度を見極めるのに経験が生きない。そのつど読みを入れねばならず大変な作業となる。
*渡辺の考慮中に12時となった。控室では深浦九段と戸辺七段が△6四銀左を調べている。▲6五桂を防ぎつつ▲9九飛なら、△5七歩▲同金△5一飛と先手の玉頭に狙いをつけるつもりだ。「局面を先手側から見るか、後手側から見るかで印象がガラッと変わりますね」と戸辺七段。
*この局面で渡辺が39分使って12時30分となり、昼食休憩に入った。消費時間は▲藤井5時間8分、△渡辺5時間42分。対局者の昼食は、藤井が「与一和牛ビーフカレー」、渡辺は「与一和牛ビーフカレー(大盛り。サラダ抜き)」。渡辺は1日目同様にビーフカレーだが、長期戦に備えるためか大盛りだ。対局は13時30分再開。
△6四銀左
*渡辺は13時27分に対局室に戻る。藤井は13時28分に入室。13時30分に対局再開されたあとも渡辺は熟考して、13時41分に△6四銀左と繰り出した。左銀を6四に繰り出す手自体は1日目時点で示されていた。2日目午後に入って渡辺が指した。
*△6四銀左は△5一飛から5筋を攻める含みがある。ただし、△5一飛は▲2四歩△同歩▲同角が飛車取りになるので、それには注意がいる。
*※局後の感想※
*渡辺は△3二玉▲5八玉の交換は後手得と思ったが、攻め方が難しかったという。
*△7五歩▲同歩△9七歩成は▲同香△同香成▲同金△7六歩▲6五桂△同桂▲同銀△6四銀左▲5六銀の進行が検討されたが、「香交換しても、先手の香のほうが2筋で使える分だけ価値が高い」と渡辺。
▲8五桂
*14時30分ごろに指された。この手は深浦九段が「ありえるかも」と話していた。桂を持って▲2六桂と打つ狙いで、局面が動き出した。ただ、△8五同桂▲同歩の局面は後手に手番が回るためやりにくそうだった。意外だったか、渡辺は首をかしげていた。
*また、局面の流れが激しくなればなるほど、▲9九飛から▲9六香の攻めは間に合わせにくくなる。「地下鉄飛車とはお別れですね」と深浦九段。藤井は▲9九飛と回れるようにトンネルを掘ったものの、地下鉄は未開業で終局するかもしれない。
*14時35分ごろ、渡辺は残り2時間を告げられた。
*※局後の感想※
*このあたり、藤井はまずい気がしていたという。
*▲9六香は△9五歩▲同香△同香▲9六歩に△5七歩▲同金△5二香で「倒れている気がした」と藤井。
△同 桂 ▲同 歩 △5四歩
*△8六歩も有力視されていた。▲同金なら△9七歩成から△8八とが厳しいため、先手は▲8八金と逃げねばならないからだ。
*この△5四歩は▲同歩なら△4二桂と打って、△5四桂から厚みを削っていくつもり。△9七歩成から香を持てば、攻めがより厳しくなる。交換した直後の桂を後手が先に有効に使えるなら、71手目▲8五桂を逆用したことになる。
*△4二桂以下は▲4四歩△同歩▲2四歩△同歩▲4三歩…が検討例。このように双方の玉周辺で激しい動きになると、前術したように▲9九飛から▲9六香の手順は間に合いそうにない。
*ここで15時になり、午後のおやつが出された。藤井はとちおとめジュースとアイスティー。渡辺はとちおとめジュースとホットコーヒー。
*※局後の感想※
*△8五同飛▲8六歩△8一飛で手を渡しておくのも有力だったが、渡辺は「格調高すぎると思った」という。
▲同 歩 △4二桂
*「控えの桂に好手あり」というが、攻めるために△4二桂と二段目に桂を打つのは珍しい。また、この手は▲2六桂から▲3四桂を防いでもいる。
*先手は△5四桂を防ぐのが難しいため攻め合いに進みそうだ。▲4四歩△同歩▲2四歩△同歩▲4三歩と、2筋と4筋を絡めて攻めるのが有力とみられている。▲4三歩に(1)△同玉は▲5五桂の王手銀取り、(2)△5四桂なら▲2四角が角を逃がしながら▲4二角成の詰めろとなる。難しい勝負だ。深浦九段と戸辺七段も厳しい表情で検討を進めている。無言で考え込むことも。
▲4四歩
*後手玉の近くだけでなく、後手の桂頭を攻めている。双方が相手の指し手に反応し、とがめようとしている。どちらの言い分が通るか。
*
*■将棋プレミアム■
*屋敷伸之九段>トッププロでも対応が難しい局面です。藤井竜王は難しいと思っているでしょうけど、渡辺王将がどう感じているか。後手玉周辺に手をつけられているので、それほどうれしい展開ではないかなと思います。
△同 歩
*※局後の感想※
*△5四桂は▲6四角△同銀▲5五桂△同銀▲同銀△5三歩の進行になる。「少し悪いんでしょうね」と渡辺。藤井も「たしかにそうですね」と同意していた。
▲2四歩 △同 歩
*検討通りに進んでいる。△2四同歩で△5四桂だと▲2三歩成△同金▲6四角△同銀▲4三銀△同玉▲2三飛成と突破されて後手はまずかった。手順中の▲4三銀のために、事前に▲4四歩△同歩を利かした。
▲4三歩 △同 玉
*控室では△5四桂と逃げて、以下▲2四角△3三桂に▲5五桂△同銀▲2三歩△同金▲5五銀などの変化を調べていた。渡辺は78手目△4四同歩からの読み筋で、すぐに△4三同玉と応じた。「▲5五桂の王手銀取りはどうぞ」といっている。
▲4五歩
*77手目▲4四歩から歩の手筋を連発して藤井は攻めていく。△4五同歩なら▲5五桂△同銀▲同角が金取りになったり、▲4五同桂と駒を進めたりと攻めの調子が出てくる。
*※局後の感想※
*▲5五桂は△同銀▲同銀△5四桂と反発する。以下▲2四角△2三歩▲4四銀△同玉▲4二角成の強襲は、△4五歩と受けられて攻めが難しい。
△5四桂
*受け続けてもよくするのは大変。渡辺は強く反発する。双方の飛車が自陣で息を潜めたまま、流れは少しずつ激しくなっていく。渡辺は上体を起こしている。一方の、藤井はあぐらで前かがみ。
*深浦九段と戸辺七段は▲4四歩△5二玉▲6四角△同銀▲4三銀△6三玉▲5五桂と攻める順を調べている。△5二玉に▲2四角では△2三歩で攻め足が止まってしまう。なので、▲6四角と角銀交換の駒損でも手番を握って攻めようとする。後手は怖いが駒得し、歩の枚数も増える変化なので対応しがいがある。のちに△4七歩の反撃も楽しみだ。
*16時24分、藤井は残り1時間になった。
▲4四歩
*33分の長考で▲4四歩と取り込む。着手した藤井はお盆のとちおとめジュースのほうを見て、次に残り時間早見表を眺めた。
*△3二玉と戻るのは▲6四角△同銀▲4三銀が厳しい。玉の位置を固定しすぎないのが近年の相居飛車戦の考え方。2筋方面は重視しすぎず、△5二玉と6筋の金銀に近づくのが本筋だ。
△5二玉 ▲6四角
*前に記したように▲2四角は△2三歩で足が止まってしまう。攻めを続けるために▲6四角と切る。
△同 銀
*藤井が再び時間を使っており、16時50分に残り40分となった。先手は▲4三銀△6三玉▲5五桂と持ち駒を使っていくか、▲5五歩と桂取りをかけるかが有力だ。ただ、▲5五歩は確実だが、後手に反撃の手番を与えるため指しにくい面がある。後手からは△4七歩や△9七歩成、ほかにも△5七歩、△8六歩と歩を使った攻めが見える。
▲4三銀
*※局後の感想※
*▲5五歩は△4六桂▲4七玉△5三金で先手大変。後手はあとで△3三金と活用できそうだ。
△6三玉 ▲5五桂 △同 銀 ▲同 銀 △5三歩
*渡辺の指し手が早い。控室でも予想されていた進行でもあった。戸辺七段は「ここで先手はどう指すか。▲4五桂か▲9六香か。少し渡辺王将が余せそうな気がします。攻めは△4七歩と打つわかりやすい筋があります」という。
▲4五桂
*このタイミングで力をためた。次に▲6四銀打△7二玉▲5三桂成となだれ込むつもり。こうした攻めは後手玉に迫るだけでなく、先手玉の上部を厚くする効果もある。ただし、手番を後手に渡すので反撃を覚悟しなければならない。その決断するために89手目▲4三銀や、その前の85手目▲4四歩で藤井は時間を使ったのだろう。
*ここは後手の手段が多いので、渡辺としても考えどころだ。渡辺の考慮中に17時となった。深浦九段はモニターで対局者の様子を見たあとに継ぎ盤に加わる。△5六桂が本命視されている。▲3八金なら△7三角の味がいいという。▲5七金は△4七歩▲5六金△3八角でどうか。
△7三角
*控室で検討されていた△5六桂ではなく、渡辺はすぐに△7三角と打った。▲6四銀打を緩和しながら銀取り。先手の攻めを催促している。
*継ぎ盤では▲5三桂成△同金▲5二銀打△7二玉▲5四銀引成△5二金▲6四桂という手順が検討されている。先手は自玉周辺に火の手が上がる前にポイントを稼げるか。
*藤井は考慮中に残り25分を切った。渡辺の残り時間は1時間1分。残り時間は少し差が出てきた。それよりも問題なのは盤上の形勢差だ。どちらがいいのか。
*※局後の感想※
*△5六桂▲5七金△4七歩と攻めるのがまさっていた。渡辺は「△5六桂は▲5七金の次が見えていなかった」と話していた。
*△4七歩以下、(1)▲6四銀打△7二玉▲4七玉△4六歩▲同銀△同桂▲同金は△8二角が好手で、この進行は後手がよかった。
*また、△4七歩に(2)▲5六金は△3八角▲2四飛に△2三歩か△4八歩成でどうか。「△4八歩成の寄せ合いが読み切れなければ△2三歩と打ちそう」と渡辺。
▲5三桂成 △同 金 ▲5二銀打
*後手がどう応じても先手は▲5四銀引成で攻めると予想されている。▲5四銀上は7三角の利きが通ってきて先手玉が危なくなる。
*後手玉を攻めることで、先手玉の上部を厚くする効果もある。先手玉と後手玉が縦に近いため、「攻撃は最大の防御」になりやすい。
*控室で噂されているのは、地下鉄飛車の復活。というのは、先手の攻めは後手玉を7筋方面に追いやるものだ。後手玉が9筋に近づけば、何かの拍子に▲9九飛や▲8九飛の符号が出てくるかもしれない。
*渡辺も考慮中に残り45分を切った。△7二玉▲5四銀引成△5二金▲4三歩成△6二金▲6四桂とする手順が検討されている。
*17時56分ごろ、渡辺が「いやー」と漏らした。
△7二玉
*この手で100手に達した。△7二玉までの消費時間は▲藤井7時間43分、△渡辺7時間19分。
▲5四銀引成△4七歩
*「△5六桂で先手陣に迫る筋を考えていたので、△4七歩は検討していませんでした」と深浦九段。
*※局後の感想※
*渡辺はこのあとに予定変更があった。ここで△5七歩で▲同金なら本譜よりも後手が1歩得だった。「△5七歩は▲同金のつもりでした」と藤井は述べている。
*また、△5二金も有力だった。(1)▲6四桂△8二玉▲5二桂成△5六桂で、▲6四成銀には△9五角と逃げて桂と連動して△6八角成を狙える。(2)▲4三歩成も△6二金▲6四桂△8三玉▲5三と△5六桂は難解。△5六桂から△9五角は、二人が軽視していた筋だった。「それは賢い」と渡辺。
▲同 金
*ここで△4六歩とさらに歩を打つのは、▲6四桂△8三玉▲5三成銀。また、△5二金も▲6四桂△8三玉▲5二桂成と金を取っていずれも先手がいいのではとみられている。深浦九段は「△4七歩▲同金の交換は、かえって先手陣が分厚くなったのではないか」という。△4七歩としなければ△5六桂と打つ攻め方があった。
*一直線に進んだ検討の一例を示す。現局面から△5七歩▲同金△5六歩▲同金△5二金▲6四桂△8二玉▲5二桂成△3八角▲6三成銀△9五角▲7二金△8三玉▲8一金△2九角成▲8四飛…。こうなると、後手玉は長手数ながら詰んでしまう、というもの。ただ、現局面から上記の進行で後手玉が詰み上がるには、かなり長手数である。こうなれば勝ちといっても、残り時間が少ない中で指すのは簡単な話ではない。
△5七歩
*検討に出ていた王手。藤井は時間を使って、残り7分になった。
*深浦九段と戸辺七段は、前手棋譜コメントの変化手順で後手の有効な手段を探している。
*18時30分、藤井は残り6分になった。
*※局後の感想※
*渡辺は△4六歩のつもりだった。しかし、▲6四桂△同角▲同銀△4七歩成▲同玉△4六歩▲同玉△4五歩▲4七玉で継続が難しいので本譜を選んだ。▲4七玉に△5二金と補充しても詰めろではなく、▲6三角△8二玉▲5二角成が▲7三金以下後手玉に詰めろがかかっている。
▲同 金 △5二金
*△5六歩は利かさなかった。▲6四桂~▲5二桂成~▲6三成銀の順なら△5五角と銀を取れる意味がある。
*※局後の感想※
*△4六桂▲同金△5四金(▲同銀は△4六角)は、▲6四桂△同角▲同銀△同金▲5六桂が返し技となる。
▲6四桂 △8二玉 ▲5二桂成 △5六歩
*▲5六同金なら控室の検討手順に合流する。控室では、▲5六同金△3八角▲6三成銀△9五角▲7二金に△8三玉は後手が負けだったので、△9二玉と端にかわすのはどうかが調べられている。
▲同 金 △3八角
*厳しい両取りだが、先手に手番が回った。「両取り逃げるべからず」、「終盤は駒の損得よりも速度」で▲6三成銀が有力だ。
▲6三成銀 △9五角
*△5六歩を利かすタイミングは前後したが、103手目の棋譜コメント通りに進んでいる。
*△9五角は▲7三成銀△同玉▲6四角の詰み筋を受けつつ、先手玉を狭めている。攻防手だ。
*18時40分、藤井は残り4分になった。さらにもう1分使う。継ぎ盤で調べる戸辺七段から「わからない」と言葉が漏れる。
▲7二金
*※局後の感想※
*▲8四歩は△7一桂▲7三金△9三玉▲9四歩△9二玉の進行は「後手玉が寄らない」と藤井。
△9二玉 ▲9三歩
*控室でも示されていた攻め。以下△9三同玉▲9六香△5六角成▲9五香△9四歩に▲3九角が、△5七銀▲6九玉△6八金の詰めろを防ぐ攻防の王手という。「遠見の角に好手あり」というが、すさまじい手順だ。「双方の玉が絡み合う複雑な手順で、まだわかっていないですがこう進むかなと思います」と戸辺七段。
*渡辺の手が止まる。左ひじを脇息にのせている。藤井は小さく体を揺らしている。
*齊藤三段が渡辺の残り時間早見表の数字を消すと、ペンの音にハッとした様子で顔を向けた。18時53分、渡辺も残り10分になった。残り6分になり、脇息にもたれる。
*※局後の感想※
*▲9六香がよかったかもしれない。△5六角成▲9五香△9三歩▲同香成△同玉▲9九飛△9四桂▲3九角が検討された。この変化は102手目から△4七歩▲同金△5七歩▲同金の手順で、すぐ△5七歩▲同金として1歩節約できていたら、△5七歩▲同角と角を呼び寄せる筋があって、後手にとって得だった。
△8三玉
*残り5分まで考えて△8三玉。△9三同玉はまずいと判断した。
*藤井は30秒を読まれると、上体を起こして、指を指揮棒のように振って読みのリズムを取った。
*※局後の感想※
*△9三同玉がまさっていた。二人は▲9四歩(△同玉なら▲9六金で先手勝ち)に△9二玉と引く手が利くことを軽視していた。「簡単に負けと錯覚していた」と渡辺。△9二玉に気づいた藤井は「あ、そうか」と声を上げていた。
*△9三同玉には▲9六香△5六角成▲9五香△9四歩▲4八角が並べられたが、△5七歩▲同角に△6六桂や△7五桂の手段があり「勝ちとは思えないですね」と藤井が述べている。
▲8一金
*渡辺は腕を組んでいる。
△2九角成
*△5九飛からの詰めろだが。
▲8四飛
*藤井は詰ましにいった。そして、湯飲みのお茶を飲む。
△同 角
*渡辺は右袖をまくって飛車を取る。少し背中が丸く見える。
*藤井は腕を組んで盤面を見つめている。
▲同 歩
*【決めにいく】
△同 玉 ▲6二角
*詰将棋の解答も創作も一流の藤井が、持ち時間を温存しながら王手をかけている。
△9三玉 ▲9四歩 △同 玉
*△9四同玉を見た藤井は駒台の歩を整えた。
*△9二玉は▲9一金△同玉▲9三香△9二桂▲同香成△同玉▲9三歩成という筋で王手が続いた。
▲9五歩
*大事なところ。▲9六香は△8五玉で打ち歩詰めになってしまう。
*▲9五歩に△8五玉なら▲9六金△7六玉▲7七歩△7五玉▲6四銀と打ち歩詰めを回避する攻めがある。
△9三玉 ▲7一角成
*藤井は落ち着いた様子で▲7一角成と王手をかけた。控室では関係者がモニターで対局の様子を見守っている。
△8四玉 ▲8五歩 △同 玉 ▲9六金
*9五に打った歩が、9一香の利きを遮断している。残り2分になった渡辺がお茶を飲む。そして、マスクを掛け直し、着物を整えて投了した。終局時刻は19時15分。消費時間は▲藤井7時間57分、△渡辺7時間58分。
*▲9六金以下は△7六玉に▲7七歩△7五玉▲6四銀△8四玉▲8五歩△8三玉▲8二馬までの詰み。藤井はいつからこの詰みを読み切っていたのだろうか。読みの射程が長く、かつ正確だった。難解な攻防を藤井が抜け出して制勝。王将獲得、最年少五冠にあと1勝となった。渡辺はカド番になり、あとがなくなった。第4局は2月11・12日に東京都立川市「SORANO HOTEL」で指される。
*【終局直後】
*※局後の感想※
*「▲9三歩(117手目)に△8三玉で勝とうと思っていたが詰みとわかってがっかりしてしまった」、「エアポケットに入ってしまった」と渡辺。実戦は121手目▲8四飛から後手玉が詰んだが、▲9三歩に△同玉でまだ難しいところがあることに二人とも気づいていなかった。表面的には、藤井がきれいに決めたようでも、水面下では実戦ならではのドラマがあった。
まで135手で先手の勝ち

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